大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)152号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実及び本件発明の要旨が審決認定のとおりであること、引用例に審決認定の周波数復調回路が記載されており、この周波数復調回路(引用発明)が実質的に差動増幅器として機能しているものであることは、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 取消事由(1)について

原告は、本件発明が電流源の使用を必須要件とするのに対し、引用発明は電流源を使用していない旨主張する。

(一) そこで、まず本件発明において電流源を使用する意義について検討する。成立に争いのない甲第二号証によると、本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の項には、電流源について、次の記載があることが認められる。

「この差動増幅器は更に操舵用の第一および第二の電流源17、18を有し、第一の電流源17には第一および第三のトランジスタ13、14の各エミツタ電極が接続され、第二の電流源18には第二および第四のトランジスタ16、15の各エミツタ電極が接続されている。そしてこの操舵用の電流源17、18を外部の論理制御信号源から供給される制御信号によつて選択的に動作させることにより、上記第一および第二の入力端子に供給された入力信号をその内容に従つて第一および第二の出力端子21、23のいずれか一方に導くことができる。」(同号証二欄三四行ないし三欄八行)

「上記第一および第二の電流源17、18として、各々動作電源(-V)に直流的に結合されたエミツタ電極と、外部の論理制御信号源から互いに反対位相の信号電圧が供給されるベース電極とを有する第五および第六のトランジスタ17、18によつて構成されたものを使用することができる。この場合は、上記第一および第三のトランジスタ13、14の各エミツタ電極は上記第五のトランジスタ17のコレクタ電極に接続され、上記第二および第四のトランジスタ16、15の各エミツタ電極は上記第六のトランジスタ18のコレクタ電極に接続される。このようにすれば、前述のように論理制御信号源から上記第五および第六のトランジスタ17、18の各ベース電極に供給される制御信号の操舵作用によつて上記第一および第二の入力端子に供給された入力信号をその内容に応じて所定の出力端子に導くことができる。」(同三欄九ないし二五行)

「この発明による差動増幅器の動作を簡単に説明すると次のようになる

トランジスタ17及び18はトランジスタ13、14を有する第一差動増幅段とトランジスタ15、16を有する第二差動増幅段の一つを選択的に付勢するための電流源として動作する。従つて、出力端子21、23に現れる出力信号の極性は、入力信号の組合せとトランジスタ17、18の選択的な付勢によつて決定される。かくしてトランジスタ11及び12のエミツタから供給される信号は出力端子21、23の一つに選択的に導かれる。」(同七欄三六行ないし八欄七行)

右記載と前示甲第二号証により認められる本件明細書添付図面(別紙第一図面)に示される本件発明の回路図によれば、本件発明における第一及び第二の電流源を構成するトランジスタ(17、18)は、そのベース電極に供給される操舵用の制御信号に基づき、第一及び第三のトランジスタ(13、14)を有する第一差動増幅段と第二及び第四のトランジスタ(15、16)を有する第二差動増幅段の一つを選択的に付勢するために、これら各差動増幅段に動作電源からの電流を択一選択的に供給するように動作する手段として、もつぱら説明されていることが認められる。

このことと、前示当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲第一項に、本件発明の電流源が「第一および第二の択一選択的に動作し得る電流源」として規定されていることに照らせば、本件発明における電流源は、前認定のように第一及び第二の差動増幅段に動作電源からの電流を択一選択的に供給する手段として意義あるものとされていることが認められる。

一方、電流源とは「二端子回路網であつて、端子を流れる電流が端子間電圧に関係なく、ほゞ一定値を与えるもの」と技術的に定義され、一般にそのように理解されていること、本件発明における第五、第六のトランジスタ(17、18)が右の定義に合致する定電流源回路を構成していることは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件発明における電流源は、第一及び第二の差動増幅段に動作電源からの電流を択一選択的に供給する手段であつて、かつ、動作電源の電圧変化の影響を無くし、その電流をほゞ一定値とする定電流源であると認められる。

ところで、差動増幅器の動作特性を良好とするため、その共通陰極回路に定電流源として動く回路を使用することが本件発明の優先主張日前周知の技術であつたことは原告の自認するところであり、成立に争いのない甲第八号証、乙第一号証によつても認められる事実であるから、本件発明において右のとおり定電流源を用いることは、差動増幅器の動作特性を良好とするための周知技術の適用にすぎないことが明らかである。

(二) これに対し、引用例に審決認定の構成よりなる引用発明が記載されていること、引用発明が差動増幅器として機能するものであることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第三号証により認められる引用例中の「バルブ対1、2および3、4は第一の制御信号によつて動作する第一および第二のスイツチ装置を構成し、上記第一の制御信号によつて、電流はそれらのバルブの共通カソード端子によつて表わされる入力端子から、抵抗15または17のいずれかによつて表わされる共通出力回路へ流通させられる。カソード結合されたバルブ5および6は、同様に、入力信号の周波数と共に変化するある量だけ第一の制御信号に対して位相のずれた第二の制御信号によつて動作する第三のスイツチ装置を構成し、負電源線路によつて代表される電流源から第一および第二のスイツチ装置に交互に電流を流通させる。」(同号証訳文六頁一五行ないし七頁七行)の記載と添付図面(別紙第二図面)第一図の回路図によれば、引用発明における第一、第三の真空管(1、2)の対、第二、第四の真空管(3、4)の対が第一及び第二の差動増幅段を構成し、第五、第六の真空管(5、6)が右第一、第二の差動増幅段の一つを選択的に付勢するために、これら各差動増幅段に動作電源からの電流を択一選択的に供給するように動作する手段であることが明らかである。

したがつて、このように第一及び第二の差動増幅段に動作電源からの電流を択一選択的に供給する手段である点において、引用発明の第五、第六の真空管(5、6)は本件発明の第五、第六のトランジスタ(17、18)と異なるところはないといわなければならない。

そして、差動増幅器の動作特性を良好にするため、その共通陰極回路に定電流源として働く回路を使用することが本件発明の優先権主張日前周知の技術であつたことは前叙のとおりであり、三極管を用いて定電流源回路を構成することも技術常識に照らし当然のことであつたことは原告の自認するところであるから、仮に、原告主張のように、引用発明に定電流源を使用することが示されていないとしても、右周知技術を前提に引用例に接した当業者は、引用発明の第五、第六の真空管(三極管)とカソード抵抗(8、9)よりなる回路を前示周知の三極管を用いた定電流源回路として構成してみることは当然になしうることというべきである。そうとすれば、引用例には、本件発明と同じく「第一および第二の択一選択的に動作し得る電流源」が実質的に開示されているものと認めるのが相当であり、この点において本件発明と引用発明に差異を認めなかつた審決の判断に誤りはないというべきである。本件全証拠によつても、これを覆えすに足りる資料は認められない。

(三) 以上のとおりであるから、審決が本件発明と引用発明とはその使用する能動素子の点で相違するのみで、その他の点に実質上の差異が認められないとした判断は正当であり、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。

2 取消事由(2)について

通常の電子回路において、トランジスタが真空管の代替手段として使用可能であること、この際バイアス条件や回路定数を一部変更することによつて、真空管のグリツド、カソード、プレート各電極をトランジスタのベース、エミツタ、コレクタ各電極にそれぞれ対応させることができることは、審決がその理由の要点4の冒頭で認定し原告も一般論として認めている周知事実及び成立に争いのない甲第四号証により明らかである。

この事実と右1に認定したとおり引用発明と本件発明の差異がその使用する能動素子の差異にすぎないことに照らせば、引用発明における真空管をトランジスタに置き換えて本件発明のように構成することは、当業者が容易になしえたことと認められる。

このことは、前掲甲第三号証により認められる引用例中の「上記およびこの明細書中の他の個所で使用されている『バルブ』という表現は、トランジスタのようなソリツドステート・バルブも含むことを意図しており、使用されているこの技術用語は真空管あるいはソリツドステート・バルブのいずれをも表わすように選ばれている。従つて、『エミツタ電極』と示されている場合は、これは真空管のカソードあるいはトランジスタのエミツタ電極を意味するものと理解すべきであり、他の用語についても同様である。」(同号証訳文二頁一四行ないし三頁三行)との記載からも裏付けられるところである。すなわち、引用例添付図面(別紙第二図面)第一図に真空管を用いた回路として図示されている引用発明は、これをトランジスタに置き換えた回路構成とすることが当業者の当然になしうることとして予定されているのである。

したがつて、引用例添付図面(別紙第二図面)第四図に示す回路が引用発明の真空管をトランジスタに置き換えた典型例であることを前提とする原告の取消事由(2)の主張は採用できない。

3 取消事由(3)について

引用例に定電流源を使用した差動増幅器が実質的に開示されていると認められることは、前叙のとおりである。そして、差動増幅器において動作電源の電圧変化あるいは素子のばらつきがあつても出力端子に所定の大きさの出力信号を発生させることができる効果が定電流源を使用してその端子間電圧に関係なく端子を流れる電流がほゞ一定に保たれるようにしたことによつて得られる効果であることは原告の自認するところである。したがつて、右の効果は、定電流源を使用した引用発明の真空管をトランジスタに置き換えた差動増幅器において当然生じる効果であることは明らかである。審決が右の効果につき「引用発明にトランジスタ素子を採用することによつて当然予測しうる事項である」としたのは、右の趣旨を述べたものであることは明らかであり、そこに原告主張の誤りは認められない。

原告の取消事由(3)の主張は理由がない。

4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。

三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註その一〕 本件発明の特許請求の範囲は左のとおりである。

ベース電極をそれぞれ第一入力端子に共通接続してなる第一および第二のトランジスタと、ベース電極をそれぞれ第二入力端子に共通接続してなる第三および第四のトランジスタと、上記第一入力端子と第二入力端子に各々互いに反対位相の信号電圧を供給する信号源と、上記第一および第三トランジスタの互いに接続されたエミツタ電極ならびに上記第二および第四トランジスタの互いに接続されたエミツタ電極に各々接続された第一および第二の択一選択的に動作し得る電流源と、上記第一および第四トランジスタの各コレクタ電極が接続された第一出力端子と、上記第二および第三トランジスタの各コレクタ電極が接続された第二出力端子と、上記第一出力端子と第二出力端子の各々と動作電源との間の直流結合手段とからなる差動増幅器。

(別紙第一図面参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙 第一図面 本件発明の明細書添付図面

<省略>

別紙 第二図面 引用例図面

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!